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ソードアートオンラインが史上最低アニメである理由

2013/03/08

クソすぎてまとめずに放置してたクソ記事その2。
こっちが1なんだけどうp順でまあ2。
こんな記事真面目に書く方も不快だし。
※2013/夏追記: 現時点での史上最低作品はSAOすら遥かに下回るレベルで進撃の巨人である。

前にも言ったけど信者もアンチすらもド勘違いや無知すぎるのでまとめ。
話がつまらないとか細部の設定に矛盾が多いとかそんなのとは次元が違う。

「根幹中の根幹部分で設定が矛盾している」
WikipediaによるとSAOと言うゲームの開発者は天才的ゲームデザイナーであると言う。
そして天才的ゲームデザイナーが作ったゲームは天才的でなければならない。
なのに作品内で描かれるゲームは完全に量産型糞ゲの域を出ない代物である。
簡単に言うとこれが全て。

なぜ糞ゲでしか無いかと言うと原作者がゲームデザイナーでもなんでもない素人であり、小説家であれば常識レベルの資料研究も行っていないからだ。
まあそんなのはラノベ作家の9割以上に該当するんだろうけど。
物語の登場人物として天才は頻繁に登場するが、天才を天才として描くためには守らなければならないルールってか常識がある。
まあ実際にそういう物があるかどうかはともかく天才の天才性を否定させないための描き方を考えたり具体例を漁ってみると。
・常識外れにしてしまう
バカと紙一重と言うパターン。
とにかく何をしても結果だけが脈絡無く天才的になってしまったりする。
・基準が割と明確に存在する天才的能力を描く
学力や身体能力が高いとか。
現実に天才~として存在する物と同等にしてしまえば文句は言えない。
・上手く誤魔化す
ひたすら曖昧な言葉を並べてそれっぽくする。
この場合、実際は天才的では無いかも知れなくても明確に否定は出来ない。
まあここまではSAOとは関係無いので適当。
・天才の具体的な創作物の詳細は絶対に描いてはいけない
問題はここだ。
天才の作る天才的創作物は天才にしか作れない。
正常な作品であれば作中で天才が物を作る場合は例外無く曖昧な「評価だけ」がされる。
「素晴らしい」「芸術的だ」「天才的だ」「謎のオーラを発する」という風に。
具体的にここがこうなっているとは絶対に言われない。
もしくは学力や身体能力と同様に明確な天才レベルの基準がある物しか描かれない。
なのにSAOでは天才の作ったゲームを詳細に設定付けてしまった。
原作者が素人なんだからそりゃもう天才的であるどころか完全に糞ゲの設定が作られて当然である。

さて、どこが糞か。
ネトゲのお約束の大体全てである。
アニメでも描かれてた覚えがある狩場の混雑、順番待ち、FA厨、LA厨。
その他ネトゲでよくある光景なんかが盛り込まれてるらしいけど原作を読んだことが無いので知らない。
"これらは全てMMORPGの欠陥を補うために生まれた習慣、ローカルルールや欠陥その物である"ことを原作者は理解していない、と言うか考えたことも無いのだろう。
つまりこのような欠陥を解決しておらず、約束事として存在させているゲームは余すところ無く糞なのである。
ここが天才的ゲームデザイナーとその創作物の間の致命的な矛盾である。
このように天才が作ったはずのゲームの天才性が否定されてしまえばそのゲームを舞台とした作品はどこをどうやったところで始まる前に終わっている。
作者も信者もアンチもMMORPGの経験は一応程度にあるんだろうけどゲームに関して余りにも無知すぎると言うか正しい評価基準を持ってなさすぎる。
ここまでをとりあえずSAOの基本仕様の致命的糞矛盾部分とする。

で、天才的ゲームデザイナーはSAOをデスゲームとして利用しようとしていたにも関わらずほぼ通常のゲームバランスで稼動させているように見て取れる。
これもゲームデザイナーとしての天才性を疑わせる要因である。
一般的なMMORPGをデスゲームとして24時間プレイするしか無い状況下で運営した場合、プレイヤーの行動は通常の運営下とは大きく異なる。
天才的ゲームデザイナーであればそこいらの計算やシミュレートを行った上でゲームバランスに手を加えるであろうことも原作者はまるで意識していない。

それに関連して廃人の廃人性にも触れることにする。
MMORPGの廃人とは基本的に課金廃と接続廃(常駐廃?張り付き廃?)のことである。
SAOはアイテム課金の無いパッケージゲーのようなので課金廃は省かれる。
で、接続廃、てか単純に廃人と言えばこの意味、について。
廃人が廃人たる所以はその名の通りずっとプレイし続けているところにある。
ただそれだけであり、プレイ効率や技術で差を付けていることはまず無い。
効率厨と言う言葉があるがそのタイプの廃人も純粋に高効率且つ高接続の完璧なプレイをしているわけでは無い。
大抵は部分的な効率を求めることで他の部分の効率を犠牲にしている。
無知な原作者は廃人に夢を見ているらしくここのところをまるで理解していない。
どう言うこととか言うと
「ゲーム空間内に閉じ込められ、誰もがゲームをプレイし続ける以外の選択肢を無くしてしまった状況下では廃人のアドバンテージは維持されない。」
誰もが24時間張り付けてしまってはボスやレア素材などの張り付き厨は成り立たない。
廃人と一般人のLV差も通常のゲーム状況下のようには広がり辛くなる。
てかゲームの入手状況的に一般的なゲームより廃人が突出し辛いはずであるのに。
まあ作中ではユーザー層の設定すら完全に無視されてるようだけど。
更に言うとボス攻略のための過剰なLV上げのために各層で非効率な狩りを続ける必要があること、
つまり"自発的な擬似LVキャップ"が幾重にも存在するので一般人が廃人に追い付く機会が一層増えているはずである。
このようにMMORPGを現実のデスゲームにした際に変化するゲームバランスについて原作者は一切考えを巡らせたことが無いと言うのも明らかであろう。

「ソードアートオンラインはネトゲを忠実に再現してるので面白い」
と言う心底アホ極まりない意見もある。
確かにSAOはネトゲを忠実に再現している部分もあるが、そのネトゲと言うのは「糞開発の量産クソチョンゲ」を意味している。
設定によるとSAOは天才ゲームデザイナーが手がけた画期的な天才的ゲームを舞台としているはず。
なので現実のクソゲを忠実に再現してしまっていることは許されないことであり、低評価に繋げなければならない。
まあどうせこう言うこと言ってるのは脳味噌すっからかんの癌畜とかなんだろうけどほんと終わってる。

ここまで全て物語の内容以前の問題である。
まあ原作者がMMORPGについてたいした知識を持っていなく、研究も行っていないことは理解出来たはず。
こんな基本設定からして矛盾だらけでありストーリー以前の段階で小説家として失格当然な作品がどうして採用されたのか。
そりゃもう担当編集が信者と同レベルに無知だったからであり、こんな糞作品を通してしまった責任は重い。

ちなみにこの「基本中の基本設定を無視しまくり、矛盾だらけだから内容が糞以前に作品として成り立たない、失格」と言うのは学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEADと同じである。

設定矛盾の話をすると別にいいじゃんとか言う輩も現れるようだ。
そう言う主張もまあ出来る、が矛盾にも許される矛盾と許されない矛盾がある。
それはどこが矛盾しているかだけで判じ切れる物ではない。
例えばドシリアスな作品であれば一切の矛盾は許されない。
例えばグルグル並にゆるい作品であれば状況次第で基本設定さえ無視しても構わない。
で、SAOや学園黙示録はどちらかと言うと前者、特殊な設定の下でサバイバルを行う割とよくあるメインストーリー的にはシリアス寄りなタイプの作品なので本筋に振れる話で基本設定を無視したり矛盾があったりしたら全てが台無しとなり、そこでの設定矛盾は一切許されない。
例えばバカを売りにしている海外のゾンビ映画とかでも設定を無視して良い場所とそうでない場所の違いは弁えている。

SAOの場合さらに酷いのは原作者がアニメの放映後等、事ある毎に言い訳をTwitterかどっかでしまくっているらしいところである。
ネトゲは小説に向いてないとか話が作れないとか自分の無能を棚に上げて頭悪いことを言い続けてるのだとか。
そんなのはもう作品が失格レベルなので小説家として失格とか言うもっと前の段階で小説家の資格無しだろう。

どうでもいいついでに似た話を1つ持ち出す。
設定矛盾とかがどうこうとか信者が頭悪いとかそう言うの。
アニメらきすた22話は母の幽霊が出て来た感動的な神回でもなんでも無く、らきすたをコケさせた最大の戦犯回であると言う話。
21話までは普通の現実準拠日常アニメだったはずなのに22話で幽霊を出現させてしまったためにらきすたは完全なガチファンタジーになってしまった。
幽霊とは生きている人間が見ることで存在する物である。
だからマンガやアニメの肝試し回等で登場人物が幽霊を見て驚く様を描くことに問題は無い。
勿論ギャグ描写等で現実ではありえない事柄をデフォルメして描くことも演出として問題無い。
OVAのようにIF回としてファンタジーなパラレルワールドを描くことも問題無い。
だがらきすた22話では幽霊が誰に見られているわけでもなく幽霊の視点で存在してしまった。
この時点で視聴者としての正しい反応は"感動する"では無く"冷める"である。

話はSAOに戻って今度は剣しか無いゲームで剣の特色を出せているかと言う問題。
一般的なゲームで攻撃方法が近接、弓、魔法に分かれてるのはそれぞれを比較してそれなりに差別化することで各攻撃方法の特色を出せるからである。
どれか一種に特化したゲームで特色を出そうとする場合はゲーム性以上にリアリティが重要となって来る。
格ゲーやらFPSやらスポーツやらRPG以外を考えると分かり易いだろう。
SAOの場合、剣で何もかも出来てしまっているし他の事も消費アイテムなどで大抵実現出来てしまっているようだ。
そこに近接武器特化ゲーと言う特色は残されているのだろうか?
まあ見れば分かるけど明らかに身体能力が全てみたいな戦闘になってしまっているので武器が何であるかなんて関係無くなっている。
特定の武器の特徴を表現したい場合、人間離れした身体能力に依存したスキルを存在させてはならない。
飽きたので終了。

まとめ。
SAOの基本設定における致命的で根幹的な矛盾を無くしたければ作品内でのSAOと言うゲームの評価は「キチガイデザイナーが作った量産糞チョンゲ」でなければならない。

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